カテゴリ:文学散歩( 3 )

南国忌が行われました

直木賞の由来になった夭折の作家、直木三十五の墓前祭『南国忌』が行われました。
場所は富岡の長昌寺。
f0232136_1194113.jpg
あいにくの曇天で寒い日でしたが、たくさんの方が参加していました。約200名ほどの参加者が長昌寺の本堂に。当日の式次第。
f0232136_11125697.jpg
ご法要の後、直木賞作家・浅田次郎先生の講演会が行われました。先生、たいへんお話がお上手で、『新撰組とその時代背景』というテーマであちこちに脱線しながらの楽しいお話を一時間以上に渡ってお話いただきました。
f0232136_11172276.jpg
f0232136_11173225.jpg
直木三十五のお墓にお参り・・・梅の花が満開でした。
f0232136_11241720.jpg
f0232136_11195242.jpg


おまけ・・・

by yokokana-kanko | 2011-02-21 11:26 | 文学散歩

直木三十五の面影/2 長昌寺・墓所

長昌寺には直木三十五のお墓があります。
大通りから奥まっているので静かな境内です。
f0232136_10282755.jpg
f0232136_10284114.jpg
『横浜金澤七福神』の布袋尊・・・。
f0232136_10292743.jpg
こちらが三十五のお墓です
f0232136_10243190.jpg
ふだんから香華が絶えないようです・・・そばにはこんなノートが置かれていました。中には三十五の作品を慕う人たちやウォーキングの途中で寄りました、という人たちからのメッセージがたくさん書かれています。
f0232136_10272797.jpg


*おまけ*

by yokokana-kanko | 2011-01-30 10:32 | 文学散歩

直木三十五の面影/1  旧居あとの文学碑

『直木賞』という文学賞は有名ですが、その賞の由来となった直木三十五という作家についてはあまり知られていない感じじゃないですか?(『芥川賞』の芥川龍之介に比べると・・・^_^;)

直木三十五は1891年(明治24年)2月12日生まれ。
『南国太平記』『正伝荒木又右衛門』など時代小説を数多く発表しています。
筆名の『直木三十五』は、本名の植木宗一から、「植」の字を分解したもので、「三十五」は年齢を元にしていて、31歳のときに直木三十一の筆名で文筆活動を始め、以降誕生日を迎えるごとに「三十二」、「三十三」と名前を変え、「三十五」で落ち着きました。

昭和8年の12月、風光明媚な富岡の地を気に入った直木三十五は富岡・慶珊寺の裏山に土地を借りて家を建て、東京から移り住みましたが、翌9年の正月に持病が悪化し、2月24日東京の大学病院で余りにも短い43年の生涯を閉じました。
この富岡の家は、直木自身の設計でしたが一風変わった構造だったといいます。(玄関がない、間取りは板襖で仕切っただけで押し入れがない、風呂場と便所には黒一色のタイルが敷き詰めてある、などなど・・・。奇人としても知られる直木らしさが現れています)

当時は書斎の窓には東京湾の青い海が広がり、房総の山々が一望できる絶好の環境にありました。
この旧居あとに、文学碑が建てられています。
f0232136_1184454.jpg
慶珊寺横の坂道を上りきったところにあります。目印はこちら。
f0232136_1194753.jpg
訪れた時には周りにたくさんのサザンカの花が咲いていました。
f0232136_11105534.jpg
f0232136_11112797.jpg
この碑は、直木三十五遺蹟記念事業委員会(委員長 大佛次郎)によって、昭和35年(居960)10月6日に建立されました。
碑句は、随筆「哲学乱酔」の中にある「恋は短く、貧乏は長し」を委員会のメンバーが彼らしい言葉として“恋”を“芸術”に置き換え、遺稿からそれぞれの字句を選び出し刻んだもので、署名は真跡です。宅址の文字は、時の文芸春秋社社長・佐々木茂索氏の書で、設計は横浜芸術懇話会の吉原慎一郎氏です。
直木三十五(本名・植村宗一)は、明治24年(1891)大阪に生まれ、作家として、また評論・翻訳に活躍しました。昭和8年(1933)12月、富岡のこの地に移住し、翌9年2月24日病没しました。代表作は「南国太平記」。親友・菊池寛は、彼を大衆文学の雄として記念し直木賞を設定、大衆文壇の登竜門としました。
墓所は長昌寺にあります。代表作にちなんだ「南国忌」が毎年2月に長昌寺において行われています。(碑の解説より)
この碑のあるところから上って来た坂を振り返ると、こんな風景。いい眺めです。
f0232136_1119139.jpg
当時は海も近く、もっといい眺めだったことでしょう♪

直木三十五の墓所は『横浜金澤七福神』の布袋尊でも知られる長昌寺にあります。
2月には、代表作から名前をとった法要『南国忌』も行われ、毎年、直木賞作家による講演会も行われます。(詳しくは観光協会HP『イベント案内』を・・・)

*直木三十五文学碑*京急富岡駅より徒歩約15分

*おまけ*

by yokokana-kanko | 2011-01-26 11:30 | 文学散歩